ムスコに腕相撲で負けた記念日。
20歳のムスコに腕相撲で初めて負けました。私の48歳の誕生日に。その嬉しくも少しほろ苦い、おじさんの個人的な記録です。
ムスコは高校時代、ラグビー部の主将。大学3年生になったいまもラグビーを続け、肉体の維持のために筋トレも欠かさない。身長180㎝のがっちり体形(足の長さを比較すると嫌になります…)。対するワタクシは身長175cm前後。特に筋トレなどはやっていないけど、自他ともに認める肉体労働者ゆえ、日々、身体を使っております。おそらく、腕っぷしという意味では年の割にはそれなりに保っている方でしょう。
小学校の高学年の彼には、長距離走では敵わなくなりました。中学生になった彼とは、短距離走を争う気が起きなくなっていました。ひとつひとつ、私を抜かしていく彼。それでも私の小さなプライドとともに最後の砦として残っていたのが、腕相撲でした。
彼が中学生のときも、高校生になってベンチプレス〇〇kgをあげた、とムキムキの筋肉を見せつけたときも、私は負けることがありませんでした。父親の壁、として立ちはだかり続ける私。数カ月に1回、我が家では息子との腕相撲勝負が開催され、そのたびに彼を打ち負かし、「強い父」としての威厳を見せつけることに秘かな喜びを見出していました。
先日のこと。私の48歳の誕生日に、息子から「腕相撲やろう」と誘ってきました。
ああいいよ、と気軽に応じ、ダイニングテーブルをはさんで手を握り合ったときに、一瞬よぎった「あれ、なんか違う」という感覚。まあ気のせいだろう、まさか今日が敗北の日になるはずあるまい、と意識を腕に集中しました。
「レディ、ゴー」。
妻の掛け声とともに一気に私が持っていかれました。倒されるギリギリで踏ん張る。ここで踏ん張っていればきっと奴は諦めてくれるはず。このときもまだ負けると思っていませんでした。が、彼の方が上手だった。僕が先に力尽き、彼がぐいっと力を込めた瞬間、僕の右手はあえなくダイニングテーブルに沈みました…。
あっけない幕切れ。
平静を装って「お、ついにやったな」みたいな一言を発したワタクシ。
彼が勝者の余裕で颯爽とお風呂に向かったあと、妻が一言、言いました。
「最高の誕生日プレゼントね」
私の心はそんなにシンプルではないのであります。真っ直ぐに成長した息子を嬉しく思う気持ち。こうやって子は親を少しずつ超えていくんだと。自分もそんなポジションになったのだという喜び。一方で一抹の寂しさみたいなものが心に浮かぶのであります。それは父親としての役割の終わりを感じるからか、あるいは生物として自分のピークが過ぎていることを突きつけられたからか。あるいはその両方か。
昨年なくなった義理の父が酔っぱらうとよく聞かせてくれたエピソードを思い出します。
妻の兄と義父とのエピソード。父子でよく一緒にランニングをしていたときのこと。小学生のころからよく一緒に走っていたそうで。いつもは父が兄のペースに落として、ゆっくり走ってあげていたそうです。兄にとって父はずっと敵わない相手だったそうです。が、中学生になったある日、兄はぴゅーっと自然と、何気なく、父を抜き去ったそうです。それ以来、二度と父は兄に追いつくことができなかったと。
何度も聞いたその話に、兄の成長を喜ぶ気持ちと、自分が若者に敵わなくなっていく寂しさとが混然一体となってただよっていた気がして、その話自体が、僕の心に深く残っていました。
父にとってのランニングが、僕にとっての腕相撲。
ちょっとうれしくて、ちょっと寂しい個人的なエピソード。
小さな、忘れられない誕生日プレゼント。

2018年。小学6年生の冬。
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