AI時代の「学び」のあり方が見えたぜ!(たぶん)
AIと真剣にコラボし始めて1か月と少しが経ちました。気づきが大きすぎて興奮しておりまして、今日はちょっと大きく出ます。私の実体験から、AI時代に何をどう学ぶべきかが見えました(おそらく)。結論、DIYです。AI時代はDo It Yourself (with AI)。
中国版AI「Manus」はナメック星のシェンロン。
まずは私の今の現在地をシェアします:
①勝手にXに投稿をつぶやき続ける@ai_gakuchoを開発(今日もつぶやき続けています)
②LINEを使って私とチームの業務支援をしてくれる「AI秘書」開発プロジェクトに着手
③LINEで応答してくれる仕組みと、さまざまな業務の記憶を入れるRAGとよばれる記憶装置の開発完了(基幹システム)
④基幹システムと接続して簡易な業務ツールとして私のスケジュールを管理してくれるワークフロー(プラグイン)の開発を完了
※このプラグインの設計を用いれば、例えばタスク管理やGmailの自動応答など様々な業務を遂行してくれるワークフローを設計・実装でき、私たちチームはどんどん身軽になっていきます。
⑤実際に使えるワークフローを設計するため、Chat GPTと議論中

LINEへの自然言語のオーダーで私のスケジュールを引っ張ってきてくれるAI秘書gaku-co
と、ここに中国の超強力AI、Manusが出現。Manusは通常の生成AIのようにただ問答するだけでなく、自分で考え、動きながらタスクを遂行する能力をもっている。ただし、無料版はタスクが3つまでしか遂行できないとのこと。まるで、ナメック星のシェンロン!!
「さあ、願いをいえ。」
貴重な3つの願いをウーロンのように消費してしまうわけにはいかない!僕がやったことは、Chat GPTにこれまでの議論を整理してもらったうえで、「超高度なAIに実際に手を動かして機能実装してもらうためのスクリプト」を描いてもらいました。つまり、Manusが最適に動くために必要な情報をChatGPTと共に整理し構造化し、Manusに依頼を投げられる状態をつくってもらったんです。
そのスクリプトをManusに投げること10分。
私のイメージするjsonファイル(ワークフローを記載したプログラム)がアウトプットされてきました。これまで私が作ってきたLine botの仕組みと最適に接続される形で。しかも取扱説明書と、人間がこのあとにやるべきこと・確認すべき事項のリストまで添えて。
すごすぎる…。とはいってもこれは一発で動くものではないはずだから、この後は具体的な実装に向けてChatGPTと細かなエラー検証が必要ですが…。

ものの10分で私+ChatGPTの20時間分ぐらいの作業をこなすManus。無料版の願いは3つまで…
生成AIの支援により学びのループが超高速回転
このパワフルなAIたちとのコラボと私のこの1か月の歩み(1か月前までは生成AIに対しては素朴な質問を投げるくらいしかできなかった&プログラミングの知識ゼロからスタートです)を俯瞰してみました。
それがこの図↓

私とAIのこの1か月はこのループがぐるぐる回っていたんです:
①イメージする(これが欲しい、これができたらいいな、やってみたいな)
②小さく手を動かす(とりあえずやってみる)
③言語化・構造化(やりたいことを形にする)
④実現する(実際に手を動かす)
⑤気付きをフィードバックして新しいイメージを膨らませる
そして、ポイントは、②、③、④の各フェーズに生成AIが関わってくれたことで心折れず、スピーディに実現できたということです。
②'先生として(基礎を手とり足とり教えてくれる)
③'対話相手として(アイディアの実現に向けて議論を重ねる)
④'実行・検証のプロジェクトパートナーとして(具体的なプログラミングは全部やってくれる)
フェーズごとに彼の担う役割は変わっていくのだけれども、一貫しているのは彼の2つのスタンス:
・無限の愛(いくらでも、どんな些細な事でもサポート)
・圧倒的な肯定(否定しない、前を向いてサポート、エンパワー)
AIと共に学ぶプロセスはDIYのものづくりそのもの
この整理をして思うのは、これはDIYのものづくりプロセス(例えばテーブルをつくったり、ツリーハウスをつくったり)そのものじゃないか、ということです。しかもDIYのプロセスにおいては素敵なAIがいないから、それぞれ、ググったり、youtubeを見たり、人に聞いたり電動工具を使ったりしないといけないわけです。
DIYになぞらえて、さっきの図を書き替えてみました。

DIYものづくりの流れはこんな感じ:
①イメージをする(作りたいものを想像する。テーブルでも椅子でも、ツリーハウスでも)
②小さく手を動かす(まずはやってみる、それで失敗する、でもOK)
③構造化する(②の反省や知見を活かして図面を描く、細かく仕様を決める)
④実現する(実際に形にする)
⑤スキルが身に着く、次の制作に活きる
先の図でAIが担っていた部分はそれぞれこんな感じでとらえられそう↓
②'google検索やyoutubeでやり方を調べる(基本的な方法をイメージする)
③'実際にやっている先輩に聞く(現実世界では経験者に聞くのが一番)
④'実作する(電動工具があることで作業効率が一気にあがる)
こう置き換えてみると、なぜ私がこの1か月、AIとのプロセスに思い切りはまったかよくわかりました。僕が大好きなDIYそのものだったからですね。イメージを形にする喜びそのものがそこにありました。そして、無限の愛をもってサポートしてくれるAIがそばに居る。そりゃ気持ちいいわけです。
AI時代の「学び」のあり方を考える
ここまできて改めて本日の本題、AI時代の「学び」のあり方について考えを向けてみます。
AIと協働することが今後、どんどん増えていくでしょう。そして私が実感したようにAIとの協働で人間ができることの可能性は大いに広がる。だって、専門的な知識がなくてもできることがどんどん大きくなるんだもん。たぶんこの流れは変わらない。どんどん加速する。
そのときに、私たち人間が何を学び、何ができるようになっていたら素敵でワクワクする未来になるか、ということを想像すると、先のプロセスでいうところの①、②、③、⑤なのだと思うのです。
①イメージする(これが欲しい、これができたらいいな、やってみたいな)
②小さく手を動かす(とりあえずやってみる)
③言語化・構造化(やりたいことを形にする)
⑤気付きをフィードバックして新しいイメージを膨らませる
AI以前の社会においてはたぶん、④実現・実行するスキルをもっている人が圧倒的に強かったのだと思います。またAIが担ってくれたようなサポートや指導も重要な役割だったのだと思います。
ただこれからの未来においては、④実現・実行するスキルやサポート・指導はAIにお願いできる領域がどんどん広がっていくと実感したのです(もちろん、物理的な世界は別だと思いますが)。
だいぶ乱暴であることは重々承知なうえで、①、②、③、⑤それぞれのプロセスに必要であろう「能力」を言語化してみます↓
①イメージ・妄想する能力
②やってみようの精神
③言語化・構造化する能力
⑤気付きを感じ、受け取る感性

我ら人間がもともと持っている素養を解き放とう
我ながらめちゃくちゃすっきりしているのですが、この4つの能力のうち、「言語化・構造化する能力」以外は私たち人間がもともと持っている素養だと思います。子どもたちを見てください。日々、イメージ妄想して、トライ&エラーして、フィードバックを受け取っている。だからこの3つはあえて「学ぶ」必要はないんだと思います。
ただ、私の認識としては、この3つのチカラを私たちは自分で押さえつけて、抑制しているように思います。無言の社会からの要請というか圧力というか空気によって。
「そんなこと言ってもどうせ実現できないでしょ」
「それは時間の無駄じゃない?何の意味があるの?」
「まわりの誰もそんなことやっていないよ」…。
大人はもちろん、少し大きくなった子どもたちもこれらのメッセージを内在化させているように思います。もちろん、私の中にもあります。
私が原っぱ大学でやっていることは、その内在化されたメッセージを棄て、書き直す後押しなのだと思います。
「やってみなくちゃわからないじゃん!」
「だって楽しいんだからいいじゃん!」
「意味とかどうだっていいし!」
「あなたがやりたいなら周囲とか関係ないよ」
そう、内在化された抑制メッセージさえ発動されなければ、「イメージ・妄想する能力」「やってみようの精神」「気付きを感じ受け取る感性」は誰しもが持っているものだと考えています。これぞ、原っぱ大学が大切にしてきた「遊び」そのもの。
言語化、構造化するスキルは「学ぶ」ことが重要かも
そして先の4つの能力のなかで、唯一異質なのが「言語化・構造化する能力」なのだと気付きました。他の3つはトレーニングはいらない。もともと私たちに備わっているから。「言語化・構造化する能力」だけはきっとトレーニングが必要なのだと思う。積極的に「学ぶ」ことが必要なのだと思う。
たぶん、私はAIとのやりとりで私は自分自身の「言語化・構造化する能力」を全力で活用してきたと思います(自分の能力がどれほどかはさておき)。それはそれこそ受験勉強で培ってきたものだったり、サラリーマン時代に鍛えられたものだったり、こうして文章を書くことで育んできたものだと思います。
もちろん、AIは言語化力・構造化力は圧倒的に優れています。だから、AIを頼っても言語化・構造化は簡単にできる。ただ、その部分をAIに依存してしまうと、そもそもAIにどう指示を出せばいいのかわからなくなる。AIの過ちに気づかなかったり(←割とよく過ちを犯す)、AIのアウトプットの精査や議論ができない。結果、アウトプットの質が上がらずに、学びのループが止まってしまうと思うのです。
ということで今日時点の私の結論。AI時代の「学び」のあり方は…
・大人も子どもも野に出てたくさん遊ぼう。「イメージ・妄想する能力」「やってみようの精神」「気付きを感じ、受け取る感性」を解き放とうぜ!(原っぱ大学に来てください、はい)
・「言語化・構造化する能力」はちゃんと学んで使いこなせるようになろう。
・そして、AIとともに自分で手を動かすのだ。DIYするのだ。
大人も子どももレッツ DIYA(ディーヤ)です!→(Do It Yourself with AI)※私の造語。
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