「時間」が大切だ、と気づいてしまった…。

最近、気づいてしまった大いなる真理がありまして。それは、私たち一人一人にとって「時間」こそが最も大切なリソースではないか、ということです。何をいまさら…、という感じですが、僕の文章は「何をいまさら」ばかりですので、今日もその一環としてそんな話を書きます。
原っぱ大学 ガクチョー ツカコシ 2025.03.25
誰でも

最近、気づいてしまった大いなる真理がありまして。それは、私たち一人一人にとって「時間」こそが最も大切なリソースではないか、ということです。何をいまさら…、という感じですが、僕の文章は「何をいまさら」ばかりですので、今日もその一環としてそんな話を書きます。

web3.0の世界ではお金の価値がひっくり返った

そんな今さらな気付きを得た背景を書いてみます。

ここ1か月ほど、取りつかれたようにAIについて考え、手を動かし、書いてきました。その延長でブロックチェーン、いわゆるweb3.0というやつも触るようになりました。仮想通貨です。ただ投資の対象としてというよりも、その裏側の思想と仕組みに触れる実験、という意図が大きいです。

ワタクシ、web3.0の世界もにわかなので専門家からするとかなりざっくりでしょうが、web3.0はいわゆるこういうことだと理解しています↓

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・これまでの金融は、国家や大手金融機関など、中央集権的に信頼を集約することで安全性や信頼性を担保してきた

・Web3.0では、情報や取引の記録・公開が中央の存在を介さない分散型のネットワーク上で行われるため、中央のパワーに依存しないフラットな関係性が実現できる

・国や金融機関に依存せず、安全に直接取引できる世界が実現され始めており、金融を中心としたさまざまな仕組みが変わろうとしている
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キーワードは自律分散と透明性。自分のものは自分のもの、と誰もが言える世界(銀行などの力を借りずに)。なんかすごそうでしょ。投機対象としての仮想通貨とは違う世界が見えてくるんです。

で、実際にwalletという仮想通貨の財布を自分のブラウザに入れて、日本の取引所で円を仮想通貨に換えて(僕はイーサリアムという通貨を最初に選びました)、交換した通貨をwalletに移し、様々なサービスにつないでみたり、ちょっとだけ取引をしてみたわけです。イーサリアム上で取引される異なるトークン(通貨の一種)に換えてみて…ということをやっていくと、もはや元の日本円としての価値がよくわからなくなってくるんです…。

そしてここで、私が研究してきたAIエージェントとの連動が生まれつつあるようでして。自律的に活動するAIエージェントと連動するトークンや、エージェント同士がトークンを交換して取引をする世界がはじまっているようです(web3.0は銀行を介さずに取引できるからAIエージェントとの親和性が高い)。

ちなみにちなみに。私がイーサリアムから交換して保有しているこのvirtualsというトークンはAIエージェントと連動する実験的なトークンでして。virtualsを基軸にさらに個別のAIエージェントと連動するトークンが流通していて、その各AIのトークンを買うことができる(株式みたいな感覚だと思う)。で、個別のAIが人気を博したり、価値を発揮するとそのトークンそのものの値が上がるということらしい。です(そして結果としてAIの可能性が広がっていく)。

最先端の世界ではお金が原始時代に逆戻り、かも

だんだん意味が分からなくなってくるでしょう。そうなんです。

交換を続けていくと、自分のwalletに入っている「円」であったはずのものが何か記号になり、価値は上がり下がりしたり取引されていくのだけど、これが一体何なのかよくわからなくなってくる。しかもAIの動きによって価値が上下するし…。ドルとの価値連動、円との価値連動も相まって、何が何だか分からなくなってくる。あれ?お金って何だっけ?

何だか貝殻や動物の骨が「お金」として価値の交換の仲立ちをしていた時代に逆戻りした感覚かもしれません。記号としてのお金。原始的なお金。

そして、その記号であるお金を増やす手段は一気に多様化していて、AIが自分に変わって稼ぐ、という世界も普通に目の前にやってきていると私はざっくりと理解しました。

ちなみに、web3.0後の世界もっと詳しく深く、それでいてわかりやすく描いてくれているのは、先日対談をした甲斐真樹さんのこのnote記事です↓
評価経済社会と北尾吉孝氏提唱のデジタルスペース革命がもたらす社会変革

時間の使い方が何よりも大事ではないか

で、私の気付き。そう、時間が大切だということです(←当たり前すぎ!?)。

上の世界を見たときに、思ったわけです。お金は記号になり、増減も相対的になり、お金を稼ぐ手段はどんどん広がる世界(自分の代わりにAIが働いてくれる世界)においてはリソースとしての「お金」よりも「時間」が何よりも大切なのではないかと思ったわけです。

「時間」は誰にとっても有限で、いつか、その人にとっての「時間」は必ず終わりが来るわけです。その「時間」の使い方の選択が何よりも大切で、その「時間」の積み重ねがその人そのものを形作る、と思ったわけです(←これももしかして当たり前のこと!?)。

この「時間の使い方」にはきっといいも、悪いもない。

人それぞれの背景と状況があって、一人の人間のなかでも変化していくものだから。もちろん、状況として自分で自分の時間の使い方をコントロールできないことも多々あるけれども、それでも究極的には自分の時間の使い方は自分でひとつひとつ選んでいける。そう思うとなんだかほっとして、ワクワクするのであります。自分の時間をどう使うかはめちゃくちゃクリエイティブな営みでないか、と思うわけです。

我が子たちにも声を大にして伝えたいのであります。

自分の時間の使い方は、自分でひとつひとつ選んでいける。そしてその選択の積み重ねがあなたを形作る。

「タイパ」ではなくて「タイワ」がいいんだ

では私自身は自分の時間をどう使いたいか。

好奇心と可能性に委ねて右往左往したい。寄り道や回り道や失敗や無駄と思えることを重ねてジタバタしたい。自分の興味と信じることを軸にあれこれ試行錯誤したい。仲間たちと笑い合いたい、語り合いたい。「意味があるかないか」の判断を保留して、自分のセンサーを信じて動き回りたい。

世の中で言われる「タイパ(タイムパフォーマンス)」とは明確に異なる軸なんだな。タイパとはかけた時間に対しての満足度や成果やアウトプットで測るという考え方だと思います。かけた時間に対して何を得られるかで価値を測る考え方。

アタクシはそういう時間の使い方ではなくて、「タイワ(タイムワクワク)」(←造語です)を大事にしたい。かけた時間の結果や成果を追うのではなくて、かけているその時間そのものをワクワクしながら味わいたい。そういう時間を積み重ねたい。結果が失敗だったり、回り道だったり、そもそもの想定と全然違うところにたどり着いたとしても。

効率よく成果や結果にたどりつく、という部分は間違いなくAIの大得意な分野だから、彼らにお任せし、頼るとアタクシは決めました。その分、ワクワクに、回り道に、成果やゴールがはっきりしない時間に、わが身を委ねる。いい時代ではありませんか!

この週末に原っぱの子どもたちとブルーシートで各自が「家」を作って1泊するというキャンプをやりました。「テント使えばいいじゃん」という突っ込みが来そうだけど、その無駄、意味不明さに時間を注ぐことに喜びがつまっているのであります。「タイワ」の実践例です、はい。

この週末に原っぱの子どもたちとブルーシートで各自が「家」を作って1泊するというキャンプをやりました。「テント使えばいいじゃん」という突っ込みが来そうだけど、その無駄、意味不明さに時間を注ぐことに喜びがつまっているのであります。「タイワ」の実践例です、はい。

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