大人たちよ、野で遊べ。
6月になりましたね。5月の神奈川はきっちり毎週末に雨が降りまして、外遊びの場を作っている身としては参ってしまう1か月でした。6月最初の日曜日(6月1日)は気持ち良く晴れて、もうそれだけで御の字。そんな日に大人たちとともに、三浦半島の秘境の探検に出かけたお話です。
大人だけで大雨のあとの身近な川を歩く
原っぱ大学には「おとな学部」というコースがありまして、大人だけで山に海に、遊ぶ時間を楽しんでおります。子どもがいないと多少の無理もできるので、毎度、ちょっとした冒険をしております。
今回は水源を目指す探検。
葉山を流れるコンパクトな森戸川が舞台。ちょうど、前日の雨で水量が増しているので、水の力を感じながら川を一歩一歩、水源に向かって遡上していく。折々で触れる生き物、地形の変化、景色の変化、流れの変化を全身で感じながら…。
川と並行して整備されている道を歩けば15分で着くところを水の流れに逆らい、ときに滑ったり、胸まで水に浸ったりしながら、ひたすらに3倍、4倍の時間をかけて上流を目指す。
増水した川で滑って胸まで水に浸かる(冷たいです)。

桑の実を見つけたら手を紫色に染めてむしゃむしゃ食べる(甘いです)。

堰を乗り越えるのに必死になる(年齢を感じる)。

名もなき小さな支流に分け入り、登り切った先に小さな小さな水源を見つける(ささやかな感動)。

↑たどり着いた水源。小さな穴から湧き上がり続けるささやかな水。
偶然に巡り合う発見と出会い。身体で感じる喜び
何のために?と聞かれそうです。
ただ、楽しいから。シンプルにそれが答えだ!
なぜ「楽しい」のだろう?
ひとつはシンプルに、何気ない「発見」と「出会い」が溢れているから。
発見。そうか、雨の翌日の川はこんなにも増水して水の力が激しいのか、という発見。桑の木には違う葉っぱのものがあって丸い葉っぱの桑の木の実の方が甘くておいしいんだ、という発見。太陽の光ってこんなにも暖かくて水で冷えた身体を暖めてくれるんだ、という発見…。小さな、素朴な発見が溢れている。
出会い。川岸に群生するクレソン(美味しかった!)。激流を縦横無尽に泳ぎ回る小魚の群れ。キラキラした木漏れ日で輝く水面。誰もいない森の奥に響く鶯の声。目の前の枝にとまったスズメバチがのんびり前足で頭を掻く様子。
なんてことないささやかな発見と出会いがそこかしこに転がっている喜び。
もうひとつは「身体」で感じること。
水の冷たさ、流れの激しさ、自分の身体の重さ、滑る川辺の石、泥の柔らかさ、崖の傾斜の激しさ。山のにおい。身体全体で感じること。言葉にならない、言葉にする必要のないあれこれのただなかに自分を置けること。
そして、「偶然」に身を任せられること。
計画を手放して、なりゆきのままに目の前の時間を味わう。そこで生成される出来事に身をゆだねる。この日は「たぶんそんなに水に濡れないと思います」とアナウンスしていたのだけど、川に降りて2分で全員がびしょ濡れになりました。その想定通りに行かない感じが、楽しい。
大人があえて身近な自然で遊ぶことの意味
それで、何のために?
そんな声が聞こえてきそうです。「だって楽しいから」。これで十二分に答えだと思うのだけど、大人があえて時間をとって小さな、身近な自然の中で遊ぶ意味をもう少し考えてみます。
三浦半島の小網代の森の保全活動などに力を入れられた岸由二先生の「『流域地図』の作り方(ちくまプリマ―新書)」より、以下文章を引用↓
電車などの乗り物を使って会社にい行き、会社ではほぼ一日中、パソコンの前に座っていれば、大抵の仕事ができてしまうことも少なくない。なにせ、今の時代、メールや電話を使えば人とのやりとりが事足りてしまうことが多々あるからだ。
(中略)オフィスに出勤せず、自宅で仕事をするという働き方も可能になってきている。
(中略)直接に会わずとも、スカイプ等を使えばパソコン画面でできてしまう。
こうした生活が日々日常であれば、「自分は自然とつながっていない」という錯覚に陥ってしまっても当然のことだろう。
人間の「すみ場所」感覚において、「地球忘却」「自然忘却」の傾向は、今後ますます強くなっていくのではないだろうか。
文中に「スカイプ」とあるように、この本が出たのが2013年。12年前。コロナ禍以前だし、生成AIもズームも世の中に浸透するだいぶ前。ちょうど原っぱ大学の前身、「子ども原っぱ大学」を私がやっていたころです。
12年経って、岸先生の予感のとおり、私たちの「すみ場所」において「地球忘却」「自然忘却」の傾向が強くなっておりますよね。だってますます、地球だ、自然だ、を忘れていても暮らしていける世になっていますもの。生成AIに相談して、オンラインで仕事を完結して、youtubeやnetflixを家の中で楽しんでいればそれで時間は流れていきますからね。
自然の現場を生業にするアタクシでもそんな感じです。その大きな流れはたぶん抗い難いこと。抗っても致し方ないこと。
でも、だからこそ、声を大にして言いたいのは、面倒臭くても、体力に自信がなくても、重い腰を上げて身近な自然に出かけてみたらいいと思う。大人こそ、野で遊んだらいいと思う。あっという間に、自分たちが自然の一部だと思い出すことができるから。身体の奥でそのことを思い出すのは「自然を大切にしよう」というスローガンを唱えるよりも、はるかにインパクトがあることだと思います。そして、間違いなく元気をもらえます。自分の居場所を好きになります。
だから、強調します。野で遊ぼうぜ、大人たち。
原っぱ大学では「おとな学部」をはじめとした各学部の体験参加を募っております。この文章を読んでくださった方は特別割引で体験をお受けしております。各学部の割引体験チケットをご手配ください。
おとな学部割引チケット
おやこ学部割引チケット
こども学部割引チケット
※パスワード「harappadaigaku」とご入力ください。紹介者の欄には「ガクチョのメルマガを読んで」とご記入くださいませ。

地上から眺めるとかなり怪しい大人たち…。
すでに登録済みの方は こちら