「吾輩は生き物である」を取り戻す。

今日、打ち合わせをしていたら「『身体性が大事だ』ということが割と一般的になってきた気がする」という話題が出ました。「身体性」。間違いなく大事だと思う!でも…、待って。「身体性」ってそもそもなんでござんしょ。
原っぱ大学 ガクチョー ツカコシ 2024.09.17
誰でも

今日、打ち合わせをしていたら「『身体性が大事だ』ということが割と一般的になってきた気がする」という話題が出ました。「身体性」。間違いなく大事だと思う!でも…、待って。「身体性」ってそもそもなんでござんしょ。

wikipediaで引きました:

身体性(しんたいせい、Embodiment)とは、身体が持つ性質を指す。 分野ごとに様々な定義がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BA%AB%E4%BD%93%E6%80%A7

やばい、何も言ってないに等しい…。「分野ごとの定義」で唯一の記載のあった認知科学・人工知能の分野にはこう書かれていました↓

認知科学、人工知能の分野では、物理的な身体があることによって、環境との相互作用ができることにより、学習や知能の構築にもたらす効果や性質を指す。  

いかがかしら?ちょっとわかった気がします。「物理的な身体の存在による環境との相互作用。そこからの学びと知能の構築にもたらす効果」。うむ。それは明確に、超大切だと思うのであります。

私たちが原っぱ大学の各プログラムや、京急さんとの「共創パートナー事業」や、企業研修やなんやらかんやらでやろうとしているのはこの「身体性」を発揮する機会をあれやこれや作り続けている、ということなのであります。

山を走る→転ぶ→痛い。磯で遊ぶ→ウニを踏む→痛い。泥で遊ぶ→爪の間に泥が入る→不快。海に飛び込む→ざっぱーん→気持ちいい。崖を登る→落ちそうになる→でも踏ん張る→筋肉が緊張する→気持ちいい。地面に穴をほる→落とし穴ができる→ワクワクする。ペンキをぬる→色とりどりになる→なんか嬉しい…。

日々、様々なシーンがございます。身体を使って環境に働きかける。あるいは天気や虫やその他、環境が身体に作用を及ぼす。その結果として環境との相互作用が発生しそこに、「学び」と「知能の構築」がある。たぶん、ここでいう「学び」や「知能の構築」は論理的に説明できるものだけではないはず。生物として大切な感覚や反射や体力や何やらかにやらなのだと思います。あるいは快、不快とか、喜びや痛みやそういうのも全部。

先日のこと、「おとな学部」の活動でコンディションがよかったので逗子海岸から葉山の森戸海岸の外れまで往復5㎞の行程をSUP(スタンドアップパドルボーディング)で参加者と出かけました。そのときに参加してくださった方がSNSに投稿してくださった文章の一部を引用します↓

初心者の無知だからこそワクワクだけの大冒険。逗子→葉山の境目まで来た時、1人で笑ってた。

心からワクワクしちゃって全身で楽しんでる感じ。これ、好きだな…って思ったら、葉山マリーナ近辺の波のうねりが全然進まず、帰れず、乳酸溜まる、疲れる、泣きたい、けど進むしかない。私のインサイドヘッドが大忙し笑。

それを経ての岸到着帰路は風の向きと動きの慣れもあって、25分で逗子海岸へ到着。達成感、幸福感、疲労感。全部が心地良かったな。

「身体性」そのもの!バンザイ!もちろん、カラダの内側の作用もそうだし、波の強さ、風の強さ、その中を漕ぐことの難しさ、しんどさ、喜び、そういうのをぜんぶまるっと経験してくださったのだと思います。そしてその経験をこうして言葉にしてくださる尊さよ。まさしく学びであり、知の構築だと思うのであります。

現代を生きる私たちは、とかくこの「身体性(=物理的な身体の存在による環境との相互作用。そこからの学びと知能の構築にもたらす効果)」を軽視しがちでないかしら。大人である私たち自身の経験はもちろん、子どもたちの行動についても。

危ないから、汚れるから、迷惑がかかるから、面倒くさいから…。たくさんの理由で私たち自身の、あるいは子どもたちの「学びと知能の構築」の機会を奪っているかもしれない、ということに意識的になる必要があるのだと切に思います。

泥をひたすらこねるのも、滑り台を無限に上り下りするのも、高いところからジャンプをくりかえしまくるのも、取っ組み合いの戦いごっこをするのも、虫かごいっぱいの昆虫を捕まえるのも、水たまりに突撃するのも、意味不明な落書をしまくるのも、すべて、身体性の発揮。環境との相互作用による学びと知能の構築。

よく考えると、子どもすごいな。一瞬一瞬で学びと知能の構築をしまくってる。

我ら大人は願わくば、そのプロセスをなるべく(ほどほどに)邪魔しないようでありたいですな。そして原っぱ大学はまさに、そのプロセスに子どもも大人も全力で没頭できる場として存在しているのであります。

「身体性が大事」ということが世の中的に言われるようになっているのであれば、ぜひともそのような機会が世の中にたくさん増えたらと思う次第でございます。

photo by Miho Oyoshi

photo by Miho Oyoshi

最近はAIも身体性を獲得しだした、というニュースを目にするようになりました。

↑これ、超すごいです。人型ロボットを2027年までに量産しようとしている会社の動画ですが、この会社の最新機種 NEO betaってのがものすごい。夢の人型ロボット!

↑こっちは千葉工大の四足歩行ロボット。バーチャル世界で身体性トレーニングを繰り返して生き物のように動けるロボットを作っている取り組み(これを身体性というのかどうか不明。マトリックスの世界のような未来的な発想であります)。

未来はもう目の前にあるわけで。AIが2次元の世界から3次元の現実世界に飛び出してくる中で私たち人間の、人間らしさってなんなんだろうね、という問いが必然的に浮かび上がってくると思います。

ワタクシとしてはそれは「身体性」にあると思いますし、その身体性と紐づいて自然に私たちの内側に湧きおこる感情。喜び、笑い、怒り、悲しみ、快、不快。あるいはそういうラベルがつけがたい何とも言えない感情たち。これらこそ人間らしい「知能」(←って言葉で正しいのか分からないけど)だと思います。そしてその、身体を介した外的世界と内的世界の行ったり来たりにこそ、「生き物」としてのエネルギーの源がある気がします。

身体感覚とそれに伴って内側から沸き起こる感覚・感情は「吾輩は生き物である」ということを思い出させてくれる経験でしょう。こうした経験をたくさん積み上げて、内側にたくわえていくことがAI、ロボットとの一番の差分、「人間らしさ」「生き物らしさ」になる気がするのであります。

レッツ身体性!

最後に宣伝をいくつか。

原っぱ大学おやこ学部、おとな学部、こども学部どれも「身体性」を体感する場だと自負しております。12月まで一番気持ちいい季節のプログラムを公開しています。ぜひ体験にお越しくださいませ!

12月までの各学部のプログラムカレンダーはこちら↓
https://coubic.com/harappa-daigaku/services#pageContent

男たちによる男たちのためのヨガ、「俺のヨガ第4期」が10月からはじまります!男性の皆さま、ヨガをやりにきませんか。身体の奥底に入ってくる空気の流れを感じて呼吸をする。重力を感じながら大地を踏みしめる。皮膚を通じて身体の外側と内側の境界を感じる…。「身体性」のセンサーをじっくり育む心地よき場です。体験参加もウェルカムです!ぜひご参加くださーい

ワタクシが「身体性」全開で毎週、取り組んでおります原っぱ大学youtubeショート動画もぜひご覧あそばせ。先週アップしたのは投網を使ってクロダイを捕まえるという夢を実現した1本でございます(これまでは3cmくらいの小魚しか捕ったことがありませんでした)。これぞ身体性!

原っぱ大学 youtube ショート動画↓(いいね、してくださーい!)
https://www.youtube.com/shorts/5sWKFDDPNfQ

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