お母さん、(AIと)対話するんだよ。

「お母さん、対話するんだよー」。デジタル原っぱ大学 第1期での中1女子の発言。大人たちよりもはるかにスムーズにAIとやり取りをしている中1、小5の姉妹に目を丸くしていたお母さんに向かっての発言でした。AIネイティブ世代の在り方を前に、私たちの世代が頑張って身に着けてきた「言語化」「構造化」といったスキルが陳腐化する瞬間を目の当たりにした思いでした。
塚越暁 2026.06.16
誰でも

「お母さん、対話するんだよー」。デジタル原っぱ大学 第1期での中1女子の発言。大人たちよりもはるかにスムーズにAIとやり取りをしている中1、小5の姉妹に目を丸くしていたお母さんに向かっての発言でした。AIネイティブ世代の在り方を前に、私たちの世代が頑張って身に着けてきた「言語化」「構造化」といったスキルが陳腐化する瞬間を目の当たりにした思いでした。

AIネイティブ世代は対話の形が大人と違う。

デジタル原っぱ大学では、参加者一人一人がAIエージェントと対話しながらものづくりをするプロセスを学び合う場です。当初、大人たちに向けたプログラムをイメージしていたのですが、これまで小学5年生が2名、中学1年生が1名、と3名の未成年のメンバーが参加してくれています。

彼らのAIとのやり取りのプロセスが、大人からすると新鮮です。

AIにものを伝える際は「構造的に物事をつたえる」ことが定石とされてきました。

課題は何で、その背景にはどのような状況があって、私はどんな志向があって、ゴールの想定はこうで、優先順位はかくかくしかじかで、予算はどうのこうの…。自分の置かれた状況を構造的にAIに伝えることでAIは迷いなく成果に向かって走り出す。だから、いかに構造的にプロンプトを書いて、最適なコンテキストをAIに渡すかに全力投球する、ということを大人である我々は考え、その方法を進化させてきました。

一方で、3名の未成年の参加者たちは、みな、そんな定石を全く無視。

ただ、なんとなく、AIと対話をはじめる。センテンスは短い。そしてAIが出してきたものにまた短く(そして端的に)回答する。また何かできあがってくる。また短く返す。ときにAIが作ってくるものに爆笑(なんだそれー、ぜんぜんだめー!!)とか言いながら、躊躇なくダメだし。構造化もへったくりもない。短いやり取りがボクシングのスパーリングのように繰り返される。

そうして、しばらくすると、大人たちよりも圧倒的にはやく、大人たちが想像もしていなかったアプリやゲームやなんやらが動く状態でできあがっているんです。

そして、目を丸くしているお母さん(元エンジニア)に向かって冒頭の一言。

「(AIと)対話するんだよ!」

デジハラの一幕。中1女子が数時間でつくったアプリに大人たちが感嘆の声をあげる。

デジハラの一幕。中1女子が数時間でつくったアプリに大人たちが感嘆の声をあげる。

事前に構造化して整理する力は必要ない。

子どもたちを通じて気づかされました。2026年6月の今、AIと人間の関係が新しいフェーズに入った気がしています。それは、事前の「構造化」や「言語化」よりも、イメージをポンポンAIと交換できることが大事になった、ということ。2022年からのLLM黎明期において、AIを使う上で構造的に物事をとらえて、言語化して伝えられることがアドバンテージだったように思います。そうしないとこれまでのAIは迷い、混乱してきたから。

2025年3月の記事で私はAI時代に大切な「能力」を以下だと書いていました。

・イメージ・妄想する能力
・やってみようの精神
・言語化・構造化する能力
・気付きを感じ、受け取る感性

2025年の記事より

2025年の記事より

ただここ最近のAIモデルたちは著しく進化し、適切に推論できるようになり、構造化できていなくても、「あなたの実現したいことはこんな感じでしょ?」とニュアンスで動いてくれるようになってきました。結果として、人間の能力を駆使しての事前の「構造化」は大して意味をなさなくなってきたようです。

AIと共に構造を生み出すプロセスに飛び込む。

今回、参加してくれた子どもたちは自分の内側に指標をもっていました。言葉として構造化ができていなくても、何が良くてダメなのかを自分の内側で瞬時に判断できた。AIとやり取りを繰り返すことを「コスト」と捉えずに「対話」として楽しみながらストロークを高速で繰り返した。

人間が事前に構造化してAIに渡す、ではなく。
AIとともに構造を生み出していくプロセスに身を投げ入れる。

書いていてちょっと震えたけど、この子たちがやっていることはすごいことだな。AIネイティブとはこういうことか。AIを自分の一部のように使いこなすとはこういうことか。

この文章を書き始めたときは、AIの進化によって「構造化」はAIに委譲され、人間のスキルとしては不要になった、という結論に行きつくつもりだったのだけど・・・。どうやら違うみたい。

先にあげた4つの能力は変わらずに大事なのだろうけれども・・・。さらに前提として、AIを信頼して、AIと共に感じて、共につくる感性が大事になってくるのかもしれませんな。AIと人間と分けて考えたり、AIを特別なものとして切り離して思考するのは旧人類の癖で、AIネイティブたちは当たり前のように自分の一部としてAIと共に感じて考えて成果にたどりつくようになるのかも・・・。そんな進化の形を目の当たりにした次第です。

となるとAIネイティブ世代には旧人類のオジサンたちはまるで、かなわんなぁ・・・。

今回のコラムの文章と先の概念図をもとにChatGPTと「共創」

今回のコラムの文章と先の概念図をもとにChatGPTと「共創」

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