2026年。今こそ、「余」を復権しよう。
余白があっても埋めない。 余分があっても削らない。 余計なことをする。無駄でいいじゃないか。 成果や結果がなくてもいいじゃないか。 回り道、上等・・・。
非常に力強い素敵な言葉たち。2021年に、私たちの会社、HARAPPA株式会社のミッションとして作った言葉。気づいたらもう5年経っていました。自画自賛するけど、今見ても(いや、今見るから)すごくいいので、ちょっとシェアさせてくださいませ。
余を復権しよう。
余白があっても埋めない。
余分があっても削らない。
余計なことをする。
私たちは世の船頭に立って、「余」を生み出していきます。
時間的、空間的、関係性における「余」。
一見、無駄に見える、無意味に見える、不要に感じる…。
そんな時間、空間、関係性を大切にし、積極的に創出します。
無駄でいいじゃないか。
成果や結果がなくてもいいじゃないか。
回り道、上等。私たちが生きる現代社会に「余」があふれること、一人一人の心の中に「余」があること。
「余」の大切さ、尊さを一人一人が体感して、余裕と余力を持って存在できる世を形作っていきます。

いやー、いい言葉だ(自画自賛)。この言葉を作ったのはコロナ禍のただなか。2021年かな。会社がつぶれそうな折で、私自身の心の中にはこれっぽっちも「余裕」がない状況でした。一方で、コロナによって強制的に作られた余白が社会のあちこちにあったタイミングではあった気がします。
GPT3.5の登場が2022年11月だから、2021年はAI登場以前の世界…。もはやそんな世界を僕らは想像できなくなっちゃいましたね・・・。誰もがスマホにAIをもっていて、分からないことは即座に聞ける世界。答えは瞬間に手に入る。資料もなにもかも、AIが作ってくれる。
とある知人がぼやいていました。「部下がAIを駆使して作ってくる資料をレビューするのが大変・・・」。
とある友人が言っていました。「手書きで補助金の申請をだしたら驚かれたの。いまはみんなAIを駆使するのが普通だからって…」。
生活の隅々までAIがいきわたって、誰もがAIを使って「答え」を出せる時代。
あっと言う間に成果物にたどり着く世界。
AIがあれこれやってくれるようになって、僕らは余裕を手に出いたのかしら?
僕らの暮らしに余白は生まれたのかしら?
うーん、残念ながら、僕自身は答えはNO。やれることが増えて、アウトプットの総量が増えて、結果としてもっともっと次のことをやろうとしている自分がいる。高速で成果物が仕上がってくるから、その次のやることを、またその次のやることをと「トコロテン」みたいにやることが流れてくる。AIに「これ確認して」「これ承認して」って言われ続けてる。
これはこれで人類の進化。AIを使って効率よくアウトプットにたどり着けるのは素晴らしいこと。実際に、私自身も、私の会社もAIにエンパワーされた今の状態からそれ以前の状態にはもう戻れません…。
だからこそ、だからこそ。冒頭の宣言が効いてくるんだな。
僕らは「余」がどんどん失われる世界を生きている。AIの登場によって我々人間の「余」が増えるのかと期待していたのだけど、どうも違うみたい。むしろ時間は圧縮され、加速していく模様です(当社比)。
そのスピードの極まった先に何があるんだっけ?
そこは気持ちいいのかな?心地いいのかな?
「余」は簡単には復権できないんだな。2021年にこの言葉をつくって今は2026年。5年経って「余」の大切さ、尊さを一人一人が体感して、余裕と余力を持って存在できる世を形作れているか、と問われるとまだまだですな。むしろかえって「余」が少なくなっている気がするのです。
もっと、余計なことをしよう。
もっと、回り道をしよう。
もっと、成果や結果に縛られずにいよう。
無駄に見える、無意味に見える、不要に感じることを大切にしよう。
先週、10カ月フィンランドに留学していた高校生の娘が帰国しました。異国の地で尊い経験を重ねてきた娘だけど、我が家に戻ってきたら、なんというか欠けていたピースがはまったというか、時空がねじれたかのように、10カ月前とまるで変わらない時間が流れ出しました。
昨晩、そんな娘が夕飯時に何を思ったかおもむろに、テーブル脇に落ちていた針金ハンガーを頭にはめて「ハンガーを頭にはめると自然に顔が横を向いちゃうんだよ」と言い出しました。これ、皆さん、やったことあります?すごいから。顔がぐいーんと横を向くから。
典型的な余計なこと。無意味で無駄で、不要なこと。どこにもたどり着かない回り道。
でもなんだか愉快な家族のだんらんでした。AIがあろうとなかろうと、こういう時間を大切にしたいものです。

娘氏の撮影。素直な心でハンガーを頭にはめてみてください。
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