撤退する勇気と、勝負どころについて。
先日のこと。フィールドでの出来事。山の中の探検から帰ってくると、最初は探検のリーダーを買って出て勇んで先頭を切り開いていた男子(小学校高学年)が悔しさに肩を震わせながら静かに泣いておりました。お、何が起きたのかしら…!?
彼曰く、探検が怖くなって途中で引き返してきた。本当に怖かった。命の危険を感じたと。純粋に怖かったという感情と、怖さに負けて志半ばで帰ってきてしまった自分を許せないという思いとがないまぜになって震えていることが伝わってきました。特に、後者の、「負けてしまった自分を責めている」感情が溢れて泣いているのだと私は受け取りました(あくまで、私の受け取りですが)。
ちなみに、原っぱ大学の探検は実際になかなか怖いです。道なき道を突き進み、崖を登り降りします。しかもその先がどこにつながっているか分からない不安。大人でも慣れないと「怖い」という感情が湧き出てくるのであります。
なので、彼が抱いた「怖い」という感情も、その感情に基づいて「撤退する」という判断をくだしたことも、非常に素晴らしいこと、尊いことだと思うのです。自然の中では無理をしないのが一番。「無理をしている」かどうかを自分自身に問いかけ、内側のセンサーに素直に判断することが非常に大切な感性だと思っています。しかもその感性は自然の中だけでなくて、生きるうえでとても大切な「力」になると思っています。
だから、私からすると、「撤退するという判断をしたことは『負け』ではないし、ましてそのことで自分を責める必要はこれっぽっちもない。むしろ誇るべきだ」となるのであります。
私は彼に真剣に彼に伝えました。
「引き返す」という判断をできたことはすごく素晴らしいこと。その判断は間違っていないこと。それはとても勇気がいることでとても尊いこと。その判断をした君を僕はかっこいいと心の底から思うこと。だから、その判断をしたことで負の感情を持つ必要はないこと。そんなことを繰り返し伝えました。
少しずつ、彼が私の言葉を受け止めてくれている感触が出てきたときに、ちゃちゃが入りました。
すると、もう少し小さな別の子がやってきて、「嘘だと思うよー」「この人(ワタシです)、嘘言ってるよねー」とまるで小さな悪魔のように囁いてきました。
彼に悪意があったわけではないのだろうけど、しくしく泣く子に対して「お前はかっこいいぞ」と伝えている私をみて、何かを感じ取ったのでしょう。これまでの彼の価値観からすると「かっこいいわけない」と思ったのかもしれません。またそうした、その場しのぎの大人の「なぐさめ」をこれまで受けたことがあって、それを疑う気持ちがあったのかもしれません(←なんとなく、小悪魔モードの彼の気持ちもわかる気がします)。
ただ、その瞬間、ワタクシはここが勝負どころだ、とスイッチが入った気がするのです。
ここでヘラヘラと誤魔化したり、うやむやにしたり、「そんなこというもんじゃありません!」と𠮟ったりすると、目の前の泣いている子に対しても、「嘘言ってるよねー」の小悪魔っ子に対しても誤ったメッセージを伝える、そんな気がしたのです。
何気なく小悪魔モードを発動したその子に対して、ワタクシは気合を込めて、「いや、俺は本気でかっこいいと思っているよ。撤退をするって決めることは本当に難しいことなんだ。自分の生命を守るためにそういう判断をできるってのはすごいことなんだ。これっぽっちも嘘はないよ」と伝えました。目の前でしくしく泣いている子の気配も感じながら。
こういうときの真剣さは伝わるんです。子どものセンサーってすごいから。だから二人に私の真剣さは多分伝わったのだと思う。たぶん。
泣いていた彼は少しすると泣き止んで、それまでと変わらず遊びだしました。小悪魔モードの彼は小悪魔を引っ込めてどこか私の言葉を吟味する表情をしてそのまま去っていきました。
願わくば、しくしくの彼はこの小さな冒険で自分が撤退したことが「傷」や「失敗」や「負け」としてではなくて、ひとつの「成功体験」として残ってくれたらなと思います。そして、小悪魔モードの彼にはちょっとだけ新しい価値観や、大人の真剣さが伝わってくれたらいいなと思います。
まあたぶん、二人ともすでに忘れてしまっているであろう、小さな小さな出来事だとは思うのですが。
大人になった今、撤退する難しさを切に感じる日々ですから。撤退できること、逃げるという判断ができることは本当に素晴らしいことだと思うのです。そして一方で、逃げちゃダメな瞬間、勝負どころというのもあるわけです。今回の小さなエピソードからその分岐点は何なんだろう?と考えました。
結局は「勝負する」と決めても「逃げる」と決めても、どちらでもいいのだと思います。そこに正解は無い。ただ私が大切だなと思うのは、自分で決めたという感覚。自分で選びとったという感覚。そんな感覚があればどちらでもきっといいんだろうな。
そしてもちろん、「自分で選ぶ」ことが難しいシチュエーションっていくらでもあると思うんです。子どもはもちろん、大人になっても。そりゃあります。だから、「自分で決めた」という感覚がある瞬間は心に残るんだろうな。願わくばそんな瞬間をひとつひとつ積み重ねていきたいものです。
探検のワンシーン。崖を登っているのは3歳なりたての探検隊メンバー。先に登り切った隊員を目指して、自分で決めて、自分で進む。ああ、尊い。
すでに登録済みの方は こちら