華麗に大失敗をしてしまった日

今日は原っぱ大学の活動で、私が毎年力を入れている「たたら製鉄」の日でした。炉を組んで、ふいごで風をおくって、砂浜で集めてきた砂鉄を熱して鉄をつくる。これぞ浪漫。これぞ化学。これぞモノづくり。今年で3回目。過去2回は見事、鉄の塊をつくることができたので今年も成功を疑っておりませんでした。
塚越暁 2026.11.03
誰でも

今日は原っぱ大学の活動で、私が毎年力を入れている「たたら製鉄」の日でした。炉を組んで、ふいごで風をおくって、砂浜で集めてきた砂鉄を熱して鉄をつくる。これぞ浪漫。これぞ化学。これぞモノづくり。今年で3回目。過去2回は見事、鉄の塊をつくることができたので今年も成功を疑っておりませんでした。

が、見事、大失敗。どろどろに溶けた鉄が出来上がるはずが何の変化もしていない、サラサラの砂鉄がそのままそこにありました。

原っぱ大学のたたら製鉄は完全に古代式。通常、現代のたたら製鉄はブロワーと呼ばれる送風機を使うのですが、僕らの山には電源がないのと、古代の人々への敬意をこめて、昔ながらの手押しふいごを自作して使っています。その場に居る全員で交代で空気を炉に送り続けます。

炉は空気を送り続けることで中の温度を高く保ちます(『もののけ姫』を観た皆さんはご存知でしょう。エボシ御前のたたら場で女性たちが足踏みしていた巨大なあれです。)。足踏みでもしんどいのですが、僕らのふいごは手押し型。腹筋と背筋と肩甲骨と上腕とを使い空気を送り続ける。少しでも止まると炉の温度が下がるからまるで休憩ができない。大人も子どもも交代で何百回と同じ動作を繰り返し続ける。

延々と4時間。

みんなで力をあわせてふいごを押したり引いたり。

みんなで力をあわせてふいごを押したり引いたり。

私は炉の状態を確認して、炭を足したり、砂鉄を流し込んだりと、全体を指揮する立場。皆の肉体労働を背負っておりました・・・。

失敗の兆候はあったんです。どうも炉の温度が上がり切っていない気がする。炭が燃えるスピードがいつもと違う。炎がなかなかあがってこない・・・。今思えばなんとなく怪しかったのだけど、それは終わった今だから言えること。そのただなかの瞬間はその兆しをスルーしてしまっていました。

大人も、子どもたちも、交代を重ねて、風を送り続けて4時間。

最後の、最大の一番のクライマックスは炉の解体です。耐火レンガで組んだ炉を一段ずつ壊していきます。中から真っ赤な溶岩のような鉄が流れ出てくる姿を想定していたのですが・・・。

流れ出る鉄の塊・・・。(これは去年の写真)

流れ出る鉄の塊・・・。(これは去年の写真)

中から現れたのはサラサラの砂鉄の山。まったく姿を変えていない、投入したときと同じ黒い砂・・・。

その瞬間にただよった残念な空気たるや、表現できません。ああ・・・、失敗してしまった・・・。

子どもたちに砂鉄から「鉄」が本当にできる瞬間を見せたかった・・・。自分たちの苦役が報われる瞬間を味わいたかった・・・。その残念な気持ちと、いったいどこで間違えてしまったのか、といういらだちと反省がむくむく沸き起こってきます。

子どもらは失敗をあまり気にしていないようで、次の興味に気持ちが移っていく。熱くなったレンガや炭をバケツの水にジュージュー入れて楽しんでる・・・。それでも楽しいのよね。この頓着のなさがありがたいのだけど・・・。やっぱり残念でならない失敗でした。

失敗の原因は炉の温度が上がり切らなかったこと。その要因の仮説は2つ。
①砂鉄が湿っていた。塩を抜くのに真水で洗ったのだけどその水分が抜けていなかったから、炉の温度を下げてしまった説。
②ふいごの空気もれ。ふいごの空気を想定どおりに炉に送り込むことができなかった。

過去2回の成功で、私の中に慢心があったのかもしれません。「きっと大丈夫」、そんな甘えがあったのかもしれません。でもね、リアルワールドの科学の法則の前では我らの思いは無力。ちょっとしたボタンの掛け違いで成果にたどり着けなくなる。そして不可逆。流れた時間は取り返せない。巻き戻しはできない。リセットボタンもない。

失敗はどうひっくり返っても失敗。

原っぱ大学では普段「失敗なんて気にしない」とか「失敗があるから楽しいんだよ」と言っているのに、ここまで華麗に失敗するとさすがに凹みました・・・。

まあ、凹めばいいんです。申し訳なさなの海に沈めばいいんです。ただ、失敗があるから遊びは楽しいのも事実。次は失敗しないようにと考えて、工夫して、手を動かすから、緊張するから、だから楽しい。うまくいくこともあるし、いかないこともあるよね。うまくいったときは思い切り喜べばいいし、失敗したときは思い切り凹めばいい。

今日は、そんな大人のリアルな背中を見せられた、ということでよしとしよう(ポジティブすぎるかしら・・・)。

今回の失敗を糧に、また来年!

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