「おまえ、担当だろ」と怒られた僕は今、48歳。
先日、私が新卒社会人の頃のボスであるOさんと、同僚の面々と久しぶりにご飯を食べました。もう20年以上前に一緒に働いていた方々。あの頃、Oさんのことが怖くてしかたなかったけど、いま思うと当時の彼は30代半ば・・・。あれから20年以上経って、僕にとっての30代はとっくの昔になって、Oさんは還暦が近づいて、時の流れを大いに感じます。
Oさんはこのコラムをいつも読んでくれているとのことなので、今日のこの文章はOさんに向けて書きます。
ギリギリの真剣勝負で仕事のイロハを叩き込まれた
僕のファーストキャリアは紙媒体の編集部でした。古き良き週刊の車雑誌の編集部。2000年代初頭、デジタルとアナログが入り混じる環境(DTPは浸透していたけど、フィルムカメラを使っていた)。毎週のように締め切りがやってくるなか、文字通り、髪を振り乱して企画を考えて、撮影して、原稿を依頼して、デザインを依頼して、ライターさんと編集デスクに板挟みになりながら文章をなおして・・・。ギリギリ締め切りに間に合わせたら次の週の企画が始まっているという無間地獄。
肉体的・精神的に厳しい職場だったけど今思えば、非常に恵まれた20代でした。プロとしての仕事への向き合い方。様々な立場の方と一緒に働くことの難しさ。現場の大切さ(事件は現場で起きている!)。メディアを通じて人にものを伝えるときのお作法・・・。仕事の回し方のイロハのすべてを教わった気がします。
いま、エピソードをひとつ思い出しました。
あるとき、校了した表紙の表記に間違いがあるかもしれないと思い、そのことを編集長であるOさんに電話で報告したんです(表紙の表記は流通上、非常に重要で一歩間違えると媒体そのものが流通できなくなります)。たしか金曜の夜中でした。翌日、僕はデートの予定かなんかが入っていて、「たぶん大丈夫だと思います」みたいな言い方をしたんです(仕事でデートをつぶされたくない20代・・・)。その僕のものいいを聞いて、Oさんは電話の向こうで烈火のごとく怒ったのでした。「おまえ、担当だろ。『たぶん大丈夫』とか言ってるんじゃねぇ。印刷会社行って確認しろ。最後までやりきれ。仕事に週末とか関係ないんだよ。」
令和の今なら、この発言そのものがおそらく、アウト。現代の上司はそんな風に部下に突きつけられず、「報告をありがとう」と部下に伝え、自分の休日を返上して仕事を自ら納めるでしょう。部下はいつもと変わらない週末デートをのほほんと楽しみ、何も気づかぬままにその時を過ごすでしょう(知らんけど…)。
当時の僕はこの小さなエピソードを通して仕事への向き合い方を教えてもらった気がします。毎日がそんな出来事の積み重ね。記憶に残っていること、残っていないこと、たくさんあるけど、その当時の仕事を介した真剣なやりとりがワタクシの血肉になっています(過ぎし日々をロマンチックにとらえ過ぎかしら…)。
「文章うまくなったな。起承転結がちゃんとある」
そんな恩師であるOさんは僕のこのコラムをいつも読んでいると伝えてくださいました。「毎週、書き続けているのがすごいよ、塚越。文章、うまくなったよな。いつもちゃんと起承転結があっていい文章だ。時々ダメなときもあるけど。」
当時、僕の書いた文章に大きく×の字をつけて突き返してきた編集長。そんなOさんが、うまくなったとほめてくれた。心の奥底に眠る20代の僕がむくむくと起き上がってきて、大喜びです。そして、そんなOさんに褒められると俄然、意識をしてしまいます。起承転結、起承転結、起承転結…(こうやって読み手を意識しすぎると文章が固くなります…)。
上司の側に立ってみると、思うようにいかない
閑話休題。当時のOさんは30代半ば。私はいまやアラフィフです。自分の会社をつくって11年。20代の若者が会社に関わってくれるときにはいつも、当時のOさんが私にしてくれたように、その人のキャリアの土台をつくれているか、という問いが自分の中にありました。自分は間違いなく、あの環境があったから今がある。果たして、自分のところに飛び込んできてくれた若者に同様の環境を渡せているのか・・・。
数年前、一人の20代前半の若者が主要メンバーの一人として関わってくれたことがありました。ほぼ第二新卒。当然、僕の頭の中にはOさんがいたし、僕を育てくれた諸先輩方がいた。この子が社会でやっていく基礎体力を受け渡す責任が自分にあると思っていた。
結果、ずいぶん彼とはぶつかりました。2年ほどして彼はチームを離れました。思うような「指導」や「導き」を自分ができた気もせず、なんとなく申し訳なさのようなものが心の奥に残っていました。
先日、たまたま彼と会いました。原っぱ大学と近しい領域で、親子を自然に連れて行く活動を営んでいました。同じ場所に居合わせたので彼がお客さんを丁寧にアテンドしている姿を横目にチラチラ見ていました。責任をもって顧客と対峙している姿になんだか胸が熱くなり、嬉しくなりました。
関りの真ん中にあるのはいつだって「願い」
たぶん、人と人との関りに「正解」はない。どんな関わり方をしても、受け取り手次第の部分もあるし、タイミングや環境の問題もある。これは仕事で若者と関わるときも、原っぱ大学を通じて、子どもたちと関わるときも同じだと思っています。相手をコントロールすることなど、まったくできない(コントロールしようとも思わない)。
だから、僕の中にあるのは「願い」なんだな。
あなたがより良き人生を積み重ねていけますように。願わくば、あなたのより良き人生の一部に私が貢献できますように。
その「願い」が成就するかどうかは僕は与り知らないし、目撃できるとも限らない。それでも願いを込めて関わる、そんな在り方ができたらと思っております。(だから、その願いが成就した姿をたまたま、目撃できたらうれしいんだよなぁ・・・)
きっと、Oさんはじめ、私の若かりし頃に関わってくださった先輩方は近しい願いを込めて、どんくさい私と関わり続けてくださったのでしょう。そんな先輩たちの顔がたくさん浮かびます。
だからこの文章では、声を大にして表明することにします。
Oさん、あの頃、全力で関わってくださったから今の私がいます。
今の仕事が好きで、楽しく日々を過ごせています。
そんな環境に身を置けているのは、あの頃があったから。
どうもありがとうございます。
焼肉、ご馳走様でした。

仕事の青春時代をともにした方々と。20年経っても(20年経ったからこそ)居心地のいい関係に感謝。
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